革靴の代表的な製法のひとつに「グッドイヤー・ウェルト製法」というものがあります。
グッドイヤー・ウェルト製法は高級な靴によく使われる製法で、ちょっと高い靴を買いにお店に行くと「その靴、グッドイヤー・ウェルト製法なので良い靴ですよ!」なんてよく耳にします。
ただ、いきなりそんなことを言われても「なにそれ?営業トークで言っているだけじゃない?」と思ってしまいませんか?
(私は、すこし疑ってしまうタイプです)
そこで、この記事ではグッドイヤー・ウェルト製法について詳しく解説し、本当に良い靴なのかを紐解いてみたいと思います!
「グッドイヤー・ウェルト製法」とは?
グッドイヤー・ウェルト製法は、革靴の代表的な製法のひとつです。
高級紳士靴ブランドがこぞって取り入れている製法で、「高級紳士靴の代名詞」ともいわれます。
グッドイヤー・ウェルト製法の原型は、「ハンドソーン・ウェルト製法」と呼ばれる英国の伝統的な手縫いの製法です。
ハンドソーン・ウェルト製法を米国の “チャールズ・グッドイヤー 2 世” が機械化して生まれたのがグッドイヤー・ウェルト製法です。
製法の名前についている “グッドイヤー” は開発者の名前からきています。
グッドイヤー・ウェルト製法の中身は、かなり複雑な構造をしています。
完成品の断面図だけではなかなかイメージが湧きづらいと思ったので、製造過程をコマアニメにしてみました。
それぞれの工程を言葉で補足します。(パーツの名前などを全部ここで覚える必要はありません)
- まず、靴の形状や履きやすさが決まる「木型」を用意します。
- この木型に、足の裏が当たる部分となる「インソール」をつけます。
- インソールに「リブ」と呼ばれる T 字型のパーツをつけます。
- 次に、ソールより上側にあたる部分の「アッパー」を被せます。
- リブとアッパーに「ウェルト」という帯状のパーツを縫い付けます(すくい縫い)。
- その後、クッションの役割がある「中物」をつけ、地面に触れる部分となる「アウトソール」を貼り付けます。
- アウトソールとウェルトを縫い付け(出し縫い)最後に木型を抜きます。
必要な工程も使われるパーツも多いですね……
「リブ」や「ウェルト」など様々なパーツが使われていたり、「すくい縫い」と「出し縫い」で 2 回縫いつけをしていたりと、とにかく複雑な構造をしてるのがわかります。
このような複雑な構造をしているのにはもちろん理由があり、ここからグッドイヤー・ウェルト製法の特徴が見えてきます。
グッドイヤー・ウェルト製法の特徴
では、長所も短所もあわせてグッドイヤー・ウェルト製法の特徴を順にみていきましょう。
長所 1:履くほどに足に馴染む
グッドイヤー・ウェルト製法の靴の一番良い点は、履くほどに足に馴染むことです。
グッドイヤー・ウェルト製法の靴を履き続けると、靴のインソール(履いたときに足の裏が当たる部分)が足の形に変形して馴染んできます。
インソールが足に形にあってくると、足裏のフィット感がよくなり長時間履いても疲れにくくなります。
足に馴染んでくる理由は、靴の内部にある「中物」というクッションの役割があるパーツです。
中物はコルクやフェルトといった、ほどよい弾力がある素材が使用されています。
履き続けることでコルクやフェルトといった中物は沈み込み、足の裏の形を記憶してくれるのです。
他の製法でも中物が入っていることがありますが、グッドイヤー・ウェルト製法の中物のような厚さはありません。
そのため、足馴染みの良さという点でみれば、グッドイヤー・ウェルト製法が一番良いと思います。
長所 2:重厚感のある見た目になる
グッドイヤー・ウェルト製法の良い点は、重厚感のある見た目になることです。
グッドイヤー・ウェルト製法では、下のイラストのようにアウトソールを「ウェルト」に縫い付る「出し縫い」と呼ばれる工程があります。
出し縫いをするためにはウェルトに縫い代が必要になるため、出し縫いをしない他の製法に比べるとアウトソールが側面にグッと出ています。
こういった構造上の理由から、グッドイヤー・ウェルト製法の靴はどっしりとした見た目になります。
ゴツゴツして主張が強いというよりは、ほどよく重厚感があるイメージです。
長所 3:雨に強い
グッドイヤー・ウェルト製法の靴のもうひとつの良い点は、雨水が入りにくいことです。
グッドイヤー・ウェルト製法の靴の断面図(下イラスト)をみると、靴の内側から外側につながっている部分がないことがわかります。
靴の内側から外側につながる部分がないため、靴の内側まで雨水が入ってきにくいというのがグッドイヤー・ウェルト製法の靴の特徴です。
また、ソールは雨に濡れて傷みやすい部分ですが、グッドイヤー・ウェルト製法の靴はソールを交換しやすい構造になっているので、傷んだら交換することができます。
そういう意味でも、グッドイヤー・ウェルト製法の靴は雨に強いといえます。
短所 1:履き始めが固い
グッドイヤー・ウェルト製法には良い部分がたくさんありますが、なかには悪い部分もあります。
たとえば、履き始めてすぐはソールの反りが固いと感じることがあります。
固さの原因は、インソールについている「リブ」というパーツです。
リブは、ウェルトとインソールを「すくい縫い」で固定するためについているパーツで、このパーツがないとアウトソールをしっかりと固定することができません。
よって、リブには耐久性が求められ、固くて丈夫な素材が使用されています。
くわえて、T 字型の曲がりにくい形状をしていいるため、ソールの反りが悪く歩きにくいと感じてしまうのです。
ただ、履き続ければ反り返りのクセがついてくるので、履き込むにつれてだんだんと柔らかくなってきます。(それでも、他の製法よりは柔らかくなりませんが…)
短所 2:価格が高い
グッドイヤー・ウェルト製法の靴は、価格が高いという難点があります。
複雑な構造をしているため製造にコストがかかり、安くても 3 万円ほどします。
他の代表的な革靴の製法である「セメント製法」や「マッケイ製法」はシンプルな構造をしているため、コストをおさえることができます。
一方、グッドイヤー・ウェルト製法は複雑な構造をしているため、製造工程やパーツの数が多く、コストをおさえるにも限界があります。
そのため、他の製法で作られた靴と比べると、グッドイヤー・ウェルト製法で作られた靴の方が高価な場合が多いです。
グッドイヤー・ウェルト製法の靴の寿命
グッドイヤー・ウェルト製法の靴の寿命は 6 〜 10 年程度といわれています。
主な靴の製法のなかでは最も寿命の長い靴が作れる製法です。
グッドイヤー・ウェルト製法の靴の寿命が長いのは、ソールを何度も交換することができるからです。
下のイラストは、ソールを交換する過程を簡単に表したイメージ図です。
グッドイヤー・ウェルト製法の靴のソールを交換するときは、出し縫いの糸を切って新しいソールに交換し、再び出し縫いをします。
このとき、アッパーやインソールといった靴の胴体部分を傷めることがないため、グッドイヤー・ウェルト製法の靴は何度もソール交換ができるというわけです。
ただ、出し縫いの際にウェルト部分は傷んでしまうため、回数に限界はあります。
一般的には 3 〜 6 回はソール交換が可能といわれています。
仮に 2 年に一度ソール交換をするとして、ソール交換が 3 回できたとすると、トータルで 8 年履ける計算になります。
グッドイヤー・ウェルト製法とほかの製法を比較する
グッドイヤー・ウェルト製法の構造や特徴が分かったところで、次は「他の製法と比べてどうか?」という点に着目してみましょう。
比べるのは、他の代表的な製法である「マッケイ製法」と「セメント製法」です。
他の製法と比べることで、グッドイヤー・ウェルト製法のキャラクターがよりはっきりと見えてきます。
グッドイヤー・ウェルト製法 vs マッケイ製法
グッドイヤー・ウェルト製法とマッケイ製法は構造がまったく違い、下のように特徴が真逆です。
グッドイヤー・ウェルト製法 | マッケイ製法 | |
---|---|---|
履き心地 | 履き始めは固く、履くにつれて足に馴染んでくる | 履き始めから柔らかく、あまり足に馴染まない |
見た目 | 重厚感のある仕上がり | 繊細な仕上がり |
雨水への耐性 | あり | なし |
寿命 | 3 〜 10 年 | 2 〜 6 年 |
下のイラストは、グッドイヤー・ウェルト製法とマッケイ製法の断面図を比較したイラストです。
グッドイヤー・ウェルト製法の靴はいろいろなパーツがついていて複雑な構造をしていますが、マッケイ製法のパーツは少なくシンプルな構造をしています。
マッケイ製法の靴にはリブがついていないため、履き始めから柔らかい履き心地です。
反面、中物に厚みがないためグッドイヤー・ウェルト製法の靴のように足に馴染みにくく、長時間履くと疲れを感じることがあります。
また、マッケイ製法の場合、コバに出し縫いをかける必要がないため、コバの張り出しをおさえた繊細な雰囲気の靴に仕上げることができます。
代わりに「マッケイ縫い」はインソールとアウトソールを一緒に縫い付けるため、アウトソールが濡れるとマッケイ縫いを伝って雨水が靴の中に入りやすいです。
まとめると、
履き初めは固いが足に馴染みやすく、重厚感のある仕上がりで、雨水に強いのが「グッドイヤー・ウェルト製法の靴」
履き心地が柔らかいが足に馴染みにくく、繊細な仕上がりで、雨水に弱いのが「マッケイ製法の靴」
です。
マッケイ製法の靴も修理ができる
マッケイ製法の靴もソール交換が可能で、寿命はだいたい 2 〜 6 年と言われています。
マッケイ製法では、インソールとアウトソールを一緒に縫い付ける「マッケイ縫い」という工程があります。
この糸を切ってソールを剥がし、新しいソールを貼り付けることができます。
ただ、ソールを交換する際にインソールにあいた穴が広がったり裂けたりと傷みます。
インソールが傷みすぎると履けなくなってしまうので、ソールを交換できる回数は 1 〜 2 回が限界といわれています。
グッドイヤー・ウェルト製法 vs セメント製法
グッドイヤー・ウェルト製法の靴とセメント製法の靴も、特徴がほとんど真逆です。
グッドイヤー・ウェルト製法 | セメント製法 | |
---|---|---|
履き心地 | 履き始めは固く、履くにつれて足に馴染んでくる | 履き始めから柔らかく、あまり足に馴染まない |
見た目 | 重厚感のある仕上がり | 繊細な仕上がり |
雨水への耐性 | あり | あり |
寿命 | 3 〜 10 年 | 1 〜 2 年 |
下のイラストは、グッドイヤー・ウェルト製法とセメント製法の断面図を比較したイラストです。
グッドイヤー・ウェルト製法の靴は複雑な構造をしています。それに対して、セメント製法の靴はとてもシンプルな構造です。
セメント製法の靴にはリブがないため履き始めから柔らかいですが、中物が薄く足にはあまり馴染みません。
出し縫いがなく、ソールを接着して作っているのでコバの張り出しがない繊細な雰囲気に仕上げることができます。
また、縫い付けの代わりに接着剤を使っているので雨水が入りにくく、耐水性はグッドイヤー・ウェルト製法と互角です。
大きく違うのは、寿命の長さです。セメント製法の靴は、ソールの交換ができない作りになっていることが多く、一度ソールが減ってしまうと寿命が尽きてしまいます。
まとめると、
履き初めは固いが足に馴染みやすく、重厚感のある仕上がりで、雨水に強く、寿命が長いのが「グッドイヤー・ウェルト製法の靴」
履き心地が柔らかいが足に馴染みにくく、繊細な仕上がりで、雨水に強く、寿命がとても短いのが「セメント製法の靴」
です。
グッドイヤー・ウェルト製法と他の製法の見分け方
グッドイヤー・ウェルト製法の靴を見分けるときは、ウェルトに入った出し縫いを確認してみましょう。
グッドイヤー・ウェルト製法の靴は、構造上ウェルトに出し縫いがありますが、マッケイ製法やセメント製法の靴は出し縫いがありません。
よって、出し縫いがついている場合は、グッドイヤー・ウェルト製法の靴だと判断ができます。
もし出し縫いがなく、インソールにマッケイ縫いがあれば、マッケイ製法の靴です。
出し縫いがなく、靴の中にマッケイ縫いがなければセメント製法の靴です。
基本的には上記の見分け方で靴の製法を見分けることができます。
ただし、ブランドやメーカーによっては、ダミーの縫い目をウェルトにつけてグッドイヤー・ウェルト製法っぽく見せていることがあります。
また、インソールを入れているとマッケイ縫いの縫い目が見えないことがあるので、セメント製法に見えて実はマッケイ製法、ということもあります。
もし見ただけで分からないようなら、店員さんに聞くかブランド、メーカーに問い合わせてみることをおすすめします。
グッドイヤー・ウェルト製法の靴は、ほかの製法に比べてコスパがいい!?
グッドイヤー・ウェルト製法の靴は、一般的にコスパが良いと言われています。
グッドイヤー・ウェルト製法がコスパが良いと言われている理由は、修理を繰り返して長く履くことができるからです。
しかし、一足の値段が高いことや修理にかかる費用を考えると、他の製法とコスパはほとんど変わらないと思っています。
ためしに、グッドイヤー・ウェルト製法、マッケイ製法、セメント製法の靴を比較してみましょう。
一足の価格とソール交換の回数の条件は以下のように設定してみます。
- 「グッドイヤー・ウェルト製法」の靴は、一足 30,000 円(ソール交換は 4 回まで)
- 「マッケイ製法」の靴は、一足 20,000 円(ソール交換は 2 回まで)
- 「セメント製法」の靴は、一足 15,000 円(ソール交換は 0 回)
そして、ソール交換に関する条件を以下とします。
- 2 年履いたらソールを交換する
- ソール交換の料金は、1 回 13,000 円
この条件で 20 年でシミュレーションした結果が下の表です。
靴の購入にかかる金額 | 修理にかかる金額 | トータルでかかる金額 | |
---|---|---|---|
グッドイヤー・ウェルト製法(10 年) | 60,000 円(2 足) | 104,000 円(8 回) | 164,000 円 |
マッケイ製法(6 年) | 80,000 円(4 足) | 78,000 円(6 回) | 158,000 円 |
セメント製法(2 年) | 150,000 円(10 足) | 0 円 | 150,000 円 |
グッドイヤー・ウェルト製法は修理が可能な回数が多く、一足を長く履くことができます。
しかし、そのぶん一足の価格が高かったり修理をしたりなど別の面で費用がかかります。
上記で設定した条件下では、セメント製法の靴を何足も履き潰すのも、グッドイヤー・ウェルト製法の靴を数足履き回すのも、コスパはたいして変わらないという結果になります。
ただ、グッドイヤー・ウェルト製法の靴のように一足を長く履ける靴は、経年変化や履き心地の変化を楽しむことができます。
「コストに対する履ける期間」だけでみれば他の製法とたいして変わりませんが、経年変化や履き心地の変化に価値を見いだすことができるのであれば、むしろコスパが良いといえるかもしれません。
寿命はあくまで目安です
この記事のシミュレーションで記載したそれぞれの製法の寿命は、あくまでも目安です。
たとえば、イギリスの元首相のトニー・ブレアは、同じグッドイヤー・ウェルト製法の靴を 18 年間履き続ていたそうです。
また、セメント製法の靴がたった半年でソールが減り切ってしまったという話を聞いたこともあります。
革靴の寿命は、履く頻度や履く人の体重、ソールの素材で大きく変わります。
この記事で紹介している寿命は、一つの目安として考えてもらえればと思います。
グッドイヤー・ウェルト製法の靴が痛いときの対処方法
グッドイヤー・ウェルト製法に限った話ではありませんが、履き始めはアッパーやソールが固く、靴擦れが起きてしまうことがあります。
足の皮膚は薄くて柔らかいですが、革は固くて頑丈です。
足と靴とが強く擦れ続けると、固い革に負けて足の皮膚が傷つき靴擦れになってしまいます。
革靴は履き込むことで全体が足に馴染んで変形するので、足に馴染むまで履き続ければ痛みはマシになるかもしれません。
しかし、痛みを我慢して履き続けるのは身体によくありませんし、ストレスも溜まります。
革靴が痛いときは、あまり我慢せずに痛みを和らげる対処をすることをおすすめします。
革靴が痛いときの対処方法は、下記の記事で詳しく解説しています。
グッドイヤー・ウェルト製法の靴や、他の製法の靴を履いて足が痛いときは、ぜひ参考にしてみてください。
おわりに
今回は、グッドイヤー・ウェルト製法の構造や特徴、寿命について解説しました。
ざっくりとまとめると、グッドイヤー・ウェルト製法の靴は
- 履き込めば足に馴染んで疲れにくい
- 雨水に強い
- 寿命が長い
といった良い部分がある一方で、
- 履き始めが固い
- 値段が高い
という悪い部分もあります。
人によって魅力を感じる部分は違うかもしれませんが、総合的に見ればグッドイヤー・ウェルト製法で作られた靴は良い靴だと言えるのではないでしょうか。
今までグッドイヤー・ウェルト製法の靴を履いたことがない方がいたら、これを機に一足購入してみてはいかがでしょう!